【屋台・行商】昭和の懐かしい「物売り」! おでん・ラーメン・お豆腐・金魚・風鈴・焼き芋・竿竹・野菜…

※画像はイメージです

お豆腐・金魚・風鈴・焼き芋・物干し竿…昭和の【物売り】

「なるとラーメン」の駄菓子屋さんの話で思い出したんですが、昭和の昔は屋台も含めて、「物売り」(今でいう移動販売)が多かったですよね。

屋台のお豆腐屋さん、金魚屋さん、風鈴屋さん、焼き芋屋さん、竿竹(さおだけ)屋さん

 

タメゴロー
タメゴロー

私の記憶にあるのは、そんな感じでしょうかね~。

 

「と~ふ~」と聞こえる「パ~プ~♪」っていうラッパの音とともにやってくるお豆腐屋さん

「きんぎょ~ え~ きんぎょ~」の金魚屋さん

「や~きいも~ おいも~。(早くしないと行っちゃうよ~)」の焼き芋屋さん

「た~けや~ さ~おだけ~」の竿竹(物干し竿。竹でできていた)屋さん

 

それぞれの節回しがついた呼び声が、また懐かしいですよね~。

夕飯の準備時にやってくるお豆腐屋さんの「パ~プ~♪」は、夕焼けとあいまって、なんだかペーソス溢れる昭和の情景になってた気もします。

 

「〇〇屋さぁ~ん!」なんて声がかかると、「あいよ~」ってな調子で屋台を止めてくれて。

「あいよ、おまけしとくよ~」なんてこともあったんじゃないですかねえ。

そういう温もりに満ちたやりとりも、昭和ならでは、でしょうかね~。

 

タメゴロー
タメゴロー

色とりどりのたくさんの風鈴が、涼し気にチリンチリンと音を立ててる屋台でやってくる風鈴屋さんは、その風情といい美しさといい、実に絵になってたように記憶してますねえ。

 

屋台の【おでん屋さん・ラーメン屋さん】も昭和の定番だった!

昭和の屋台といえば、おでん屋さんなんかは、結構よく買ってた記憶があります。

子どもだけでおやつに買ったりしてたし、親にいわれて鍋に入れてもらったりしたように思いますね。

 

昼間は子ども相手や夕食の算段をする主婦相手におでんを売って、夜は一杯呑み屋さんに早変わり。

仕事帰りの一杯の憩いとともに、企業戦士と呼ばれたサラリーマンの小腹を満たしてきた、ってところでしょうかねえ、昭和の屋台のおでん屋さんは。

 

タメゴロー
タメゴロー

あと、私がほんの幼い頃に住んでた地域には、夜に屋台のラーメン屋さんが来てました。

 

「夜鳴きソバ」ってことになるんでしょうかね~。

親が鍋に入れてもらって、夜食として食べた記憶があります。

 

「チャラリ~ララ チャラリラララ~♪」みたいなチャルメラの音とともにラーメン屋さんの屋台がやってきて、暗がりの中、周りの住人たちがワラワラと出てきて屋台を取り巻いてる情景を覚えてますよ。

当時、3つか4つだったんでしょうけどね~。

 

タメゴロー
タメゴロー

なんか、あったかい記憶なんですよねえ。

 

赤塚不二夫さんと、よこたとくおさんがアパート(トキワ荘に住む前)に同居していたころ、つげ義春さんがよく遊びに来ていたらしいんですよね。

で、おなかがすいた3人が屋台のラーメン屋さん呼び止めて、ラーメンを食べた。

 

つげさんが、そこの住人でもないのに調子よく

「あぁ、美味しいね。おじさん、毎日来てよ」

(後掲書『バカボンのパパよりバカなパパ』)

って言ったらほんとに毎日来るようになっちゃって。

 

毎晩チャルメラが聞こえるたびに、赤塚さんとよこたさんは部屋の電気を消して隠れてた、とのことです(赤塚りえ子『バカボンのパパよりバカなパパ』)。^^;


バカボンのパパよりバカなパパ (幻冬舎文庫)

 

タメゴロー
タメゴロー

こういう物売りって、江戸時代にはスタンダードだったみたいですよね。

 

お寿司や蕎麦や天婦羅や鰻も、みんなそうやって売られて江戸庶民に愛されたファストフードだったんですものねえ、もともとは。

 

昭和の行商【野菜売りのおばちゃん】が来ていたあの頃

昭和の物売り(移動販売)といえば、

行商の野菜売りのおばちゃん

も、よく来てました~。

 

 

70~80キロもあるような、とんでもなく重い荷物(野菜)をしょって来るんですよね~。

 

タメゴロー
タメゴロー

私なんか、若い頃の山登りで30キロしょってフウフウ言ってたのに。^^;

 

私たちの地域では、「千葉のおばちゃん」という総称でしたけど。

千葉からいらしてたんでしょうねえ。

 

人の好いおばちゃんたちだった記憶があります~。

野菜も美味しかった。

 

こうした食料の行商は、戦後の食糧不足を補うのにかなりの貢献だったようですね~。

行商のおばちゃんたち専用の列車まであったとのことです。

 

行商専用列車 - Wikipedia

 

 

タメゴロー
タメゴロー

伝え聞く昭和の「商人宿」も、こうした行商の方々御用達だったんでしょうね~。一度泊まってみたいと思ってるんですが・・・。

 

 

今回の記事のような屋台や行商、残念ながら、ご紹介できるめぼしい本があまり見当たらないんですよね~。

これはやっぱりアーカイブとして出版されてしかるべきなんじゃないでしょうかねえ。

 

今はネットの世の中になって、なんでも届けてもらえるようになったのは便利ですけども。

あの昭和の物売りの風景には、忘れがたいものがありますね~。

 

というわけで、懐かしの昭和の屋台、野菜行商のおばちゃんたちのお話でした!

 

タメゴロー
タメゴロー

次回もまた、モア・ベターよ♪

 

 


タメゴローに励ましのコメントを送ろう!

タイトルとURLをコピーしました